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私は記者をしており、この映画の試写を拝見させていただきました。 何度か記事にさせていただいた事もあります。 そのとき取材で聞いたお話なのですが映画と李さんと関根さんのためにお話させて頂きたいと思います。 李さんと一緒に線路に助けに降り、亡くなられた関根さんという方がいらっしゃいます。たしかに劇中では関根さんは最後のほんの一瞬だけしか登場しません。その扱いについてわたしも取材をさせていただいとき疑問を投げかけたことがあります。 映画の企画段階ではこの事件にさまざまなアプローチを模索したそうです。 たとえば事故の瞬間の時間で交錯する、亡くなられた3人の人間模様を描く案、ノンフィクションで描く李秀賢さん物語案などがでたそうです。 しかし、そういった案を置いて、この映画は韓国青年の青春映画として完成したのです。 その背景には御遺族の方々の想いを差し置いては制作できません。 李さんの御遺族の主張は、李さんを「英雄にした映画には決してして欲しくない」。そして関根さんの御遺族は「そっとしておいて欲しい」と企画段階から取材はさせてもらえなかったそうです。その後、李さんの御両親からは「日韓の友情と架け橋になるべくして制作される映画」として御了解をいただける事になったそうですが、関根さんの御遺族の方々からはとうとう了解を得る事ができなかったそうです。 そうしてこの映画は李秀賢英雄譚ではなく、ひとりの青年イ・スヒョンの夢と恋を描いた青春映画として作成されることになったそうです。 もし見た方が英雄譚にみえたのならそれはきっと李さんの勇気ある行動に共感したのでしょう。実際にあった事件をテーマにあつかっており、実際に人も亡くなられており、重くなりがちなテーマではありますが、青春映画として爽やかに描かれていました。 構成がフィクションであれ、裂かれた恋と散った命は真実です。伝えられるものに偽りはないと、少なくとも私は感じました。 この映画の意義はノンフィクションで事件を伝える事ではなく、彼の起こした行動によって何がもたらされたのかを残す、そして残された私たちが映画を見て「命の使い方を考える」ということで、彼の夢でもあった「日韓の架け橋」になるという事を改めて感じる事ができるできるかとおもいます。 長文、乱筆失礼いたしました。
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